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4月3日、
手話で伝える落語の楽しさ 古典「やぶ入り」に喝采
2013年10月30日 10:23

観客の中村成将さん(左)に羽織を着せて共演する桂福団治師匠=27日、浦添市の伊祖公民館
観客の中村成将さん(左)に羽織を着せて共演する桂福団治師匠=27日、浦添市の伊祖公民館
手話で「ありがとう」と語り掛けてインタビューに応じる桂福団治師匠=27日、浦添市の伊祖公民館
手話で「ありがとう」と語り掛けてインタビューに応じる桂福団治師匠=27日、浦添市の伊祖公民館
 【浦添】ジェスチャーの代わりに手話を取り入れた「手話落語会」が27日、浦添市の伊祖公民館であり、創始者である桂福団治師匠(73)の芸を見ようと、聴覚障がいのある人やお年寄りなど約100人が駆け付けた。県内での本格公演は初。

 「よっ四代目!」の掛け声に迎えられて登場した福団治師匠は「よろしゅう頼まっさ」と気さくな大阪弁であいさつ。夢の話と前置きし、道路に張り付いていた一万円札におしっこをかけてはがそうとしたことを話し「起きたらおしっこは本物でした」と笑わせた。

 観客に手話を教える一幕もあり「『あんたの名前は何や』『アホ、お前の父親や』」という掛け合いを伝授。那覇市小禄の中村成将さん(40)を高座に上げて共演した。その後、古典落語「やぶ入り」を手話通訳者を交えて披露し、「ちきしょう、大きうなりやがったなあ」と息子の成長ぶりに涙する父親を熱演した。

 那覇市上之屋の田仲康博さん(50)は、両手を上げてひらひらさせる“手話流の拍手”を送り「師匠をテレビで見てずっとお会いしたかった」と感激していた。
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男の子の「笑顔」が原点
福団治師匠に聞く

 40年近く前に手話落語を考案した桂福団治師匠に、きっかけや思いを聞いた。

 「初めて手話落語をやった舞台は奈良。演目は『時うどん』だった。耳が聞こえない7歳くらいの男の子がえらい笑ってくれてね。公演後、お母さんが『この子のこんな笑顔を見たのは初めてです。うれしくて私の袖を引っ張るものだから糸がほつれてしまいました』と言ってくださった」

 「僕は、声帯ポリープで声が出なくなった時期がある。入院中、ノイローゼ気味でラジカセを聞いていたら音声が止まった。ただの故障だったんだけど、もし耳が聞こえなくなったらどうしようと怖くなった。その時に『手話がある!』と。趣味的に始めたんです」

 「今日まで、耳の聞こえない人をどうしても笑わせたいその一心。手話落語は見本も手本もない。ぶっつけ本番ですわ。なぜ笑わん? またあかん。その繰り返し。今までに挑戦したネタは100を超える」

 「落語は300年以上続く聴覚芸。それを手話で視覚芸に変えることは伝統の破壊だ。当初はクビになると思った。でも、あの男の子に会ってからは『やらないかん』と思ってね。人間国宝の桂米朝さんも支えてくださって、手話落語家は全国100人以上に増えた。後継者のために道をつくるのが僕の役目と思いますわ」
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【 2014/04/03 08:20 】

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