
2009.7. No.93
VCCIだより
「いつか自分も通る道」−発想の転換を− バリアフリー・アドバイザー 中園 秀喜
例えば、ジャーンという警報音を聞くと大抵の人は火災かなと判断して、避難することができる。だ が、この音声も聞こえない、聞こえにくい人(以下、聴覚障がい者)はどうしたらよいのか。考えてみていただきたい。
現在、高齢者は2430万人、2025年には3277万人にと増加が予測されている。人間は年を取ると目・足などに不便を感じるようになるが、耳も同じである。WHO(世界保健機関)の推計では、日本人の全 人口の5パーセントが聞こえに不便を感じているとされ、日本には現在、軽度の難聴者を含めると約600 万人の聴覚障がい者がいる。50年後には約800万人にと増加が予測されている。
私は3歳までは聴者、41歳までは高度難聴者、その後は完全失聴者となった。
生活の中でも不便なことは沢山あった。私自身、火事を3回経験したが、だれも助けてくれなかった。 また、がんなどで4回入院したが、どの医療機関も聴覚障がい者のための配慮はゼロに近かった。ホテル・旅館などを利用しても、聴覚障がい者のための配慮はほとんどなかった。それでいて料金は同じに 請求するのだから不公平である。
こうしたなかで世の中にはさまざまな形で「情報のバリア(障壁)」が存在していることに気づいた のだ。しかし、聴覚障がい者が日ごろから感じている「情報のバリア」は外見上、わかりにくいのだ。そ のため、情報バリアフリー、ユニバーサルデザイン化は遅れがちになる。
助け合える社会 私はイソップ物語にある「ウサギとカメ」の話が好きだ。ウサギは自分の足が速いことを鼻にかけて、カメと向こうの山までかけっこをしようと誘う。そして、途中で寝てしまうのだ。カメは歩みが遅いな がらも休まずに歩き続けたので、とうとうウサギに勝ってしまった。 この話からは、「自慢」「他人の欠点を見下すこと」「油断」「努力」などに関する教訓が読み取れるの だが、私はもう一つ、次のような晴れやかな情景を想像する。
山頂までの道が陸地だけでなく、途中に大きな川があり、水上、水中を通らなければならないとした らどうだろう。陸ではウサギがカメをいたわり、川ではカメがウサギを乗せて、二人一緒に小山の頂上 に立つのではないか、と。
障がいがある人もない人も助け合っていく社会というのは、一方が努力するだけではダメなのだ。ビ ジネスであろうと何であろうと、人間としてかかわり合う以上はお互いの歩み寄りをお願いしたい。
不便なことを便利にする方法を親身になって考え、答えを出していけば、道は必ず開ける。
配慮することはみんなのためになる 聴覚障がい者は、社会生活の根幹となる情報の発信・受信・コミュニケーションにおける障がいが大 きい。私の会社では10名が働いている。このうち私を含めて4人は聴覚障がい者。聴覚障がい者は電 話に出ることはできない。しかし、Faxやメールはできる。「見てわかる形」だから。そうすれば、聴覚 障がい者でも電話による交信ができる。手をかりてその人の時間を費やさせることもなく、自分の力で 電話をすることができる。Faxを使えば、「話す」ことから「書く」ことになっただけのことで、電話に よるコミュニケーションには変わりがない。
電話しかなかったころは、聴者に負担がかかっていた。社内では話し合って仕事を分担した。聴者は 電話、聴覚障がい者はメールとFax。聞こえなくても電話による営業もできるようになった。このように配慮することは聴者の負担を減らすことにもつながるのだ。ともに生きる社会を目指すのなら、こうした発想の転換が必要である。
軽視されている情報バリアフリー、ユニバーサルデザイン 一般的な「バリアフリー」は、階段をスロープ化する、車いす用のトイレの設置や客室を改造するな どの物理的なバリアフリー・ユニバーサルデザイン化を指している。
一方、聴覚障がい者は「受付・診療室・検査室などに手話や筆談のできる人がいてほしい」など、呼び出しや緊急放送では「見てわかる形で」を望んでいる。光や振動、文字で伝えるといった工夫が必要なのだ。さらに盲ろう者には振動などで情報を知らせる工夫が必要だ。
まとめていうと情報障がいは物や建物の整備だけでは解決できない面が多い。「聴覚障がい者が不便 を感じる基準」は、「肢体障がい者向けに考えている基準」とは違うということを認識していただきたい。要するに判断する物差しがまったく違うのだ。
人間はいずれ老いる 見えなくなったり、聞こえなくなったり、動けなくなったりする。
人生には想定外のこともある。「すべての人間は何らかの障がいをもっている」という認識のもとで、 「すべての人が『ありのままの姿で平等』な生活をしていける社会」を築くことがすべての人にとって良い社会だと信じる。
障がい者に優しいことは、そうでない人にも優しい。
障がいがあろうとなかろうと「共生社会の構築」という目標に向かって「努力」を積み重ねることに より、人間として生きる意味がある。
私たちの力は微々たるものでしかないが、みんなが力を合わせれば大きな石を動かすような強力なも のにすることができる。
パイオニアになってほしい。
人が通る。道ができる。
詳しくは『「聞こえ」のバリア解消への提言〜共生社会を目指して〜』(NHK出版)を参照していた だきたい。
中園 秀喜(なかぞの ひでき/ペンネーム:岩渕紀雄)
大分県生まれ。
ベターコミュニケーション研究会バリアフリー・アドバイザー
株式会社ワールドパイオニア社長
国土交通省、経済産業省、厚生労働省、総務省消防庁など
バリアフリー・ユニバーサルデザイン関係委員、NHK「聴力障害者の時間」司会歴任
著作:『拝啓、病院の皆様』『「聞こえ」のバリア解消への提言』他、著書多数
平成19年度「勇気ある経営大賞」・優秀賞等各種表彰受賞